馬政の集結
日清・日露戦争を経て、日本は軍馬の体格・資質の差という大きな壁に直面しました。明治政府はこの課題を克服すべく「馬政局」を設置し、国家を挙げた品種改良に乗り出します。その最高責任者である宮内省主馬頭・藤波言忠や、獣医学の権威・新山荘輔らが心血を注いだ舞台が岩手でした。
岩手には、外山御料牧場を筆頭に、種馬所(盛岡市・滝沢市)、軍馬補充部六原支部(金ケ崎町)、馬検場(盛岡市松尾町)、黄金競馬場(盛岡市上田)、騎兵第三旅団(盛岡市青山町)、そして知の拠点である盛岡高等農林学校(盛岡市上田)などが次々と馬事関連の施設が設置されました。まさに日本中の最新技術と知能がこの地に集結し、岩手は近代馬政の最前線となったのです。

