戦後80年企画展「占領下の盛岡」

「GHQに封印された馬の記憶」の記録

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2026年1月25日のトークイベント

盛岡市で開催された企画展「占領下の盛岡」の関連イベント、トークセッション「GHQに封印された馬の記録」の概要をまとめます。このセッションは、司会の野田尚紀氏(株式会社フロムいわて代表取締役)、ゲストの中村辰司氏(一般社団法人外山御料牧場開拓研究会代表)、中島航氏(企画展実行委員長)の3名によって進行されました。

1. 導入と開催の背景

セッションの冒頭では、司会の野田氏より、岩手のアイデンティティである「馬」を切り口に、戦後のGHQ占領政策が地域に与えた影響を紐解く趣旨が説明されました。30代の中島氏、50代の野田氏、60代の中村氏という異なる世代が揃い、あまり知られていない馬の歴史を次世代へ引き継ぐ重要性が共有されました。

2.「光」の時代:
外山御料牧場の誕生と地域への貢献

中村氏が独自に調査した資料やAIを活用した動画を用い、明治から大正にかけての外山(そとやま)牧場の歴史が解説されました。

  • 国家プロジェクト:明治政府の「富国強兵」政策の一環として、大久保利通らが西洋の大型馬に衝撃を受けたことをきっかけに、天皇家の牧場である「御料牧場」が外山に設置されました。
  • 外山が選ばれた理由:本州一の寒冷地であり、病気の予防や馬の心肺機能・骨の強化に適していたこと、そして南部の人々が馬との強い信頼関係を築く技術を持っていたためです。
  • 繁栄と文化:牧場は獣医学校(後の盛岡農業高校)の設立など最先端教育の拠点となり、馬の売買による莫大な利益(馬マネー)が地元の銀行設立や花街の発展を支えました。宮沢賢治もこの地を愛し、頻繁に訪れていました。

3.「影」の時代:
軍馬への転換と戦禍の犠牲

時代が進むにつれ、牧場は「物言わぬ兵器」としての軍馬育成の拠点へと変貌しました。

  • 青紙(あおがみ):人間への召集令状が「赤紙」であるのに対し、家族同然に愛された馬たちには「青紙」が届きました。
  • 甚大な犠牲:50万頭から100万頭近くの馬が戦地に送られましたが、故郷へ帰ることはありませんでした。

4. 占領下の記録
「湮滅(いんめつ)」と空白の歴史

終戦後、GHQが盛岡に入ると、馬に関する膨大な資料や記憶が失われる事態となりました。

  • 資料の焼却:GHQの命令、あるいは軍事利用の証拠隠滅を恐れた日本側の判断により、明治期からの品種改良や育成に関する貴重な記録が組織的に燃やされました。
  • 歴史の消去:岩手県農業史には、これらの資料を「務めて湮滅(いんめつ)を図った」という異例の表現で記録されています。
  • 沈黙の80年:戦後は戦争協力への加担を問われることを恐れ、関係者が口を閉ざした結果、地元の人々ですら外山の真実を知らない「空白の期間」が生まれました。

5. 結び:
失われたアイデンティティの再発見

終盤では、中島氏が自身の先祖も馬主であったという個人的な繋がりを紹介し、断片的な資料を繋ぎ合わせて今回の展示に至った思いを語りました。会場の参加者からも、馬鍛冶の家系としての思い出や、軍馬として馬に乗っていた家族の記憶などが語られました。

最後に、失われた歴史を掘り起こし、岩手の誇りである馬の文化を改めて見つめ直すことの意義が強調され、セッションは締めくくられました。

トークイベントに使用したスライド(22枚)